
ギリシャの都市に限らず、小さな町や村を散策していると、よく目にするのがギリシャ正教の聖職者の姿です。その姿を見かけます。衣服をまとっていることから意外に目につくのです。
衣服は着物に似た長いもので「ラーソ」といいます。
正教・・・オーソドックス・・・という教会名が物語るように、同じキリスト教旧経のローマン・カトリックが新しい教理を柔軟に現代社会に対応していったのに対し、ギリシャ正教は教理と伝統を忠実に路襲します。
異教徒には理解しがたいものがある反面、その厳かな空気には畏れさえ感じられます。
ギリシャ正教の修道院を訪れる場合は、短パンや短いスカートは禁止です。
火が灯り、多くのイコンやフレスコ画で教会堂に入ると、中世に逆戻りしたかのような錯覚を覚えます。建築様式もゴシック様式とは異なり、円形ドーム型です。敬虔な温かさを感じさせます。オルガンを肉声だけで歌われるビザンテッィン聖歌や香を焚いて行われる礼拝は、懐かしさすら覚えます。
北風が岩間を吹き抜ける冬、野生的で威風堂々とした光景を目にするとき、陽光溢れる春の日に、野生の花や潅木から発する芳しい匂いに包まれながらやさしく穏やかな景色を眺めるとき、人は、しれません。
2007年はギリシャの人びとにとって偉大さをされた年だったといえるかもしれません。
夏は異常気象といわれるほどの暑さで、しかも山火事が惨事を引き起こしました。メテオラは例年に大雪で山道は閉鎖され、修道院への観光客の立ち入りがでなくなりました。頂上にうっすらと灯る光を見るとき、その厳かな・・・近寄りがたい聖域たる雰囲気がいっそう強まる気がしてなりません。
背を向けた苦行者たちがギリシャのメテオラにやってきたのは、終わり頃です。
人里離れた洞窟や洞穴に住み、祈りの生涯を送りました。多くは一人、孤独に荒野で過ごしましたが、なかには修道院に入る者もいました。修道院との共同生活のなかで礼拝に加わり、祈ったのです。修道士たちの生活の中心は修道院内にカソリコンと呼ばれる教会堂です。ここで正典にのっとった礼拝を行ったのです。
「メテオラ」とは、「空中に吊り上げられた」という意味です。実際、朝もやが立ち込めるなか、ふと空を見上げたときに目に入ってくるその光景は、まさに「空中に浮かんでいる」というのがぴったりです。でも、いったいどうしてこのような奇岩群が誕生したのでしょうか? 実は、今もって定かではありません。代表的な説は、水の浸食作用か風食作用によるものということです。大昔、この地帯は湖だった、という前提による説です。しかしこの前提にはしばしば疑問視する声があります。というのも、紀元前後にギリシャを旅して回り、紀行文を残しているストラボンとリビイは、現在のメテオラ周辺の地理についてもきちんと書き記しているにもかかわらず、いずれもこの奇岩群についてはまったく触れていないのです。ということはこの時代にはまだ、この奇岩群は出現していなかったということでしょうか?
もうひとつ、これは神話の世界での話ですが、「あるときゼウス神が天界から投げつけた岩石がここに残ってしまった」、という説もあります。
「メテオロス」が元来、ギリシャ語で「浮遊している、空中に浮いている」という意味の形容詞であるのに対し、現代語「メテオロ」が、「隕石、空中から落ちてきた物体」もしくは「雷や雨などの大気現象」という意味を示す名詞です。
風化や水の浸食によって残ったとする自然現象によるのか、それともゼウスが怒りにまかせて投げつけたのか、いずれにしてもメテオラの奇岩が地上から浮いてみえる感じをうまく言い当てているように感じられます。でも・・・朝もやにぼっと突き出たその姿を見るとき、どうしてもゼウス神の作用による説を信じたくなってしまいます。